愉快な人生を生きるために~知識を知恵に~

経営や仕事への取り組み・社会心理学・生活の智慧に関する考え方、思い、提言をお伝えします

「人生の意味」を追求した哲学者たちの教えが詰まった「実存主義哲学」

哲学者ニーチェは、我々がなんの疑い
もなく信じ込んでいる道徳心
自己犠牲の精神は都合よく作られた
「奴隷道徳」である可能性があると
して警鐘を鳴らして います。

 

ニーチェ要領がよく自分勝手でいい
思いばかりしている者は「悪」で
あり、報われなくとも努力を続け
自己犠牲の精神を持っている者は
「善」である、という風潮に疑いを
向けた哲学者でした。


 

強者は時として「悪」とみなされ、
弱者が「善」であるとされる風潮が
つくられた裏側には、弱者こそ
「善」で あると形式づけたほうが
都合良いと考えた人々による、
戦略的道徳である可能性もあります。

 

既存の価値観にこそ疑いの眼差しを
むけてみるべきだと、ニーチェ
説いており弱者であることに美徳を
持ち、強者を蔑む人々の風潮を
「奴隷道徳」であると唱えています。


 

自己犠牲の精神を美しいとしたほう
が、都合がいいと考えた人による
道徳がある、と聞くとなるほど。
ブラック企業の経営者が容易に
イメージ出来ます。

 

f:id:hiro3729cd:20190809162749j:plain




また哲学者ショーペンハウエル
欲望を海水に例え、 このように
表しています。

 

ショーペンハウエル曰く、人間は常に
「苦悩」と「退屈」の間を行ったり
来たりするものだ
と唱えています。

 

どういうことかというと、
人間は終わりのない欲望に駆り立て
られており、何か欲望が芽生えると、
その欲望が満たされるまでの間
「苦悩」に苛まれます。


 

しかし、芽生えた欲望が満たされて
しまうと次第に 飽きがきて徐々に
「退屈」を覚えてしまう。

 

そしてまた「退屈」をしのぐために
欲望が芽生え、再び「苦悩」が
始まってしまいます。


 

このように人生とは苦悩と退屈の
間をいったりきたり する振り子の
ようなものだ、と
ショーペンハウエルは 説いており
その原因となっているのは、「欲望」
だということです。

 

芽生えた欲望は満たすことによって、
鎮火ものでは なく一度静まったと
思いきや、もっと強度の強い欲望が
芽生えてくるものです。

 

「欲望は海水に似ている。飲めば飲む
ほど喉が乾くのだ。」
 という言葉で
表されている通り欲望には終わりが
ない。

 

満たされないからといって欲望に
振り回されても意味は ありません。

 

満たされたとしてもすぐに枯渇して
しまうものだと理解した上で、
嗜むものです。

 

近年、哲学議論の中心といえば
ポストモダンであったが、 現代人に
いま最も必要なのは
「世の中の不条理や、挫折とどう
向き合い乗り越えていくか。」


 

「人生においてどのような意味を追求
するのか。」が議論の主軸となって
いる「実存主義哲学」
ではないか。

 

実存主義哲学は学ぶことにより頭が
重くなるのではなく心を軽くして
くれる、現代のビジネスパーソン
とって 処方箋的な役割を果たして
くれるように思います。

 

 

参考文献:ニーチェが京都にやってきて
17歳の私に哲学のこと教えてくれた。

原田まりる(著)ダイヤモンド社(刊)

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

このコラムの内容・考え方に興味のある方、

ビジネスコミュニティ活動に参加して

みたい方は

下記URLまで、アクセスしてください。

line.me

 

🌟ライフシフト・パラレルキャリア・生きがい・
 ストックビジネス・権利収入を
 テーマとした、すぐにでも出来る働き方改革
 LINE 無料セミナーに参加してみませんか?
 メッセージ・コメントお待ちしております。
 

peraichi.com